Message3:アドラー「おじ、おばの心理学」から見る親子関係
アドラー「おじ、おばの心理学」から見る親子関係

アドラー心理学は、「おじ、おばの心理学」とも言われます。
アドラーで重要とされる『課題の分離』
誰の課題かを考え、他者の課題には踏み込まない、というものです。
親子であっても、子供の課題には親は介入しない。
たとえば、子供が宿題をしないと、親は注意したり叱ったりしますが、
「宿題をする」というのは、子供の課題。
だから、親は口を出さず、見守るようにする。
宿題をしなくて学校で叱られるとか、成績が下がるとか、
それが長じて良い高校に進学できなくなるとか、
最終的な結果に責任を負うのは子供自身です。
親が代わりに高校受験をしてあげられるわけではありません。
だからと言って、放任してはいけない。
付かず離れずで見守る、
子供が援助を求めた時は、適切に援助する。
それが『課題の分離』です。
一般的には、親だからこそ子供に積極的に関わり、
褒めたり叱ったりすることが必要だと思われるでしょう。
しかし、それ故に過干渉となることも多いのです。
親だから…過剰に関わってしまう。
これが「おじ、おば」だったらどうでしょう?
自分の甥、姪に過剰に関わるということはないでしょう。
あまり勉強しなくても、多少イタズラが過ぎても、
口うるさく注意などせず、愛情を持って見守れるはずです。
親だからと干渉すれば、子供は反発しますが、
「おじ、おば」の視点で見守れば、子供と程よい距離感を保って、
良好な親子関係が築ける。
その考え方から「おじ、おばの心理学」とも言われるのです。
でも、それが愛情薄い、冷めた関係のように思う方もいるかもしれませんね。
では、逆の立場で考えてみてください。
あなたと、あなたの伯父さんの関係としましょう。
独立した大人になれば、仕事や家庭もできて、
子供の頃のように親戚の伯父さんに毎年会うということもなくなるでしょう。
普段の生活の中で、伯父さんを思い出すことも滅多にないでしょう。
あなたが小さい頃に、あなたを可愛がってくれた伯父さんに、
法事などで10年ぶりに会ったとしたら、
伯父さんの顔を見た瞬間、懐かしさがこみ上げて来るのではないでしょうか。
「伯父さん、元気だった!?」
と、伯父さんへの愛を一瞬にして思い出せるのではないでしょうか。
普段の生活に追われて、伯父さんのことを忘れていたとしても、
伯父さんへの愛がなくなったわけではありません。
むしろ、伯父さんが幸せであろうことを信じているから、
何の心配もすることなく、普段は忘れているのです。
私たちは、すぐに行為に結びつけてしまいますから、
積極的に関わることが〈愛〉だと思ってしまいます。
いつもその人のことを心配し、考えてあげることが〈愛〉だと信じています。
たしかに、その行為にも愛はあるかもしれませんが、
本当にその人を信じていれば、あなたの意識からむしろ外れるはずです。
子供のことをいつも心配し、過剰に関わることが、
子供を愛することではありません。
もちろん、私たちには感情がありますから、
子供のことが可愛いですし、関わりたいとも思います。
ただ、私はあなたに「子供を信じる」とはどういうことかを
知ってほしいのです。
いつもは忘れている伯父さん、意識から外れている伯父さん。
けれど、あなたはその伯父さんを紛れもなく愛している。
そのフィーリングです。
それを子供に対して持てたなら、
あなたはあれこれ考えることなく、子供を見守ることが出来るでしょう。
これはアドラー心理学の考え方ではなく、
シンプルな意識のお話ですが。
子供の課題に介入してはいけないと考えすぎると、
それは制限となり、あなたを苦しめます。
そうではなく、あなたの持つ価値観を外し、制限をなくしてゆくこと。
それがあなたを自由にし、あなたの家族関係も良好にするでしょう。
私はそのための手段として、アドラーの考え方を紹介しています。
私がお伝えしたいのは、シンプルな意識です。
難しく思われるかもしれませんが、
知ってしまえば、当たり前のことなのです。
文章でお伝えできることには限りがありますが、
いつかあなたにお逢いして深め合えますことを願っています。
